Serious Bunburying

隕石で手をあたためていましたがこぼれてしまうこれはなんなの

新年、信念

はいはい、明けまして新年。おはようございます。おめでとうございます。

 

抱負を考えなきゃ、といそいそとPCを起動させました。最近文字化させないと考えを整理できないの、本当に困る。

 

去年の抱負はずばり「楽しむ!」だったんだけどそれはバッチリ達成できたと思う。悔いがないくらい遊んだ。近頃になって1女らしくはなかったこと、周りに引かれていたかもしれないな~ってうっすら感じるようになった。先輩たちが良い人達でよかった。多分他サーだったら8回は襲われてる。はぁー楽しかった。何にせよ振り切れなきゃね。お母さんお父さん、悪い娘でごめんなさい。

 

でも一つのことに振り切れるとどこかしら犠牲はでてくるもので。

まぁ単位だよね。

ちょっと勉強おろそかにしすぎてしまった自覚はある。高3の頃の私が今の私を見たら絶対怒る。勉強に対するストイックさが違いすぎる。

 

そんなわけで今年は締めるところは締める年にしたいな、と。

勉強・レポートの期限しかり財布しかり身体しかり遊び方しかり飲み方しかり・・・・・・。締めるとこは締めたいなぁ。

 

メディコムに入所できたことは私に3つの恩恵を与えた。

1つ、将来についてきちんとした見識を持った教授の下で考えられるようにしたこと。

2つ、苦手なディスカッションやプレゼンを少人数で学ぶことで鍛えられるようにしたこと。

3つ、見た目への意識の向上。

 

ん?3つ目なんかおかしくない?・・・・や、おかしくない。

一次試験のときも二次試験のときも思ったんだけどみんな顔面偏差値とスタイルが異常に高い。やっぱアナウンサーとか目指してる人が多いからなのかな?試験中そればっかり気に取られてしまった。このままだと入所してもやばい・・・・。そんなわけで痩せなぁと日々思う。うん、痩せよう。具体的なことはまたあとで紙にでも書いてまとめよう・・・・。

 

遊び方。男子の家に泊まるのはどうなんだろう。ポンコッペとかに「どう思う?」って聞いたら「人それぞれなんじゃない」って肯定なんだか否定なんだかよくわからない答えが返ってきたけどとりあえず肯定だと取っておいた。

けど、美容院とか初対面とかの人によく言われるのは「悪いことしてなさそう」「ザ・温室育ち」みたいな印象。雰囲気からしてそれがでちゃってる。

それがちょっと嫌で、そのまま大人になるのが嫌で、酸いも甘いも悪いことも経験したうえで大人になりたくて。だから、大学生になってから今までとはまるで真逆の生活を送ってみた。(たまに、「やっぱり健康になりたい」ってなることも多々あったけど)

で、どうだったかというと。もちろん楽しかった。今だって楽しい。10代最後の一年の夜に少し年上の先輩とふざけつつ深い話をしたり、同じ学年の女子とサシで哲学的な話だったり女子ならではの恋愛に立ち入った話をするのは本当に価値があった。

けど、、、なんだろう。今まで生きてきた19年間の人生がそれは私の肌に合わない、となんとなく告げている気がする。すごく楽しいのに。もっと続けたいのに。

 

一週間に2日はどうしようもないくらい自堕落になって夜遊びしたい。もう一週間に2日はふらっと部室に寄って軽くおしゃべりしたい。一日のうち3時間は一人になりたい。一か月のうち一週間はとにかく働きたい。

 

自分の欲求と、今までの環境の差が大きくて、どれが本当の私なのかな?ってなる。この欲求は見かけだけのもの?本質的な私の欲求ではないの?んんー自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。

 

今まで。

今までは萩さんに言われたように、外れた道を進んだことはなかった、と思う。

テストでは満点以外目指したことはなかった。居眠りなんてしたことなかった。部活をサボるなんてしたことなかった。むしろどうしたらもっとうまくなれるのか、自分でもいろいろ調べたりして。人間関係の上でもやりすぎなくらいマメだった。あ、忘れ物はよくしていたけど。スポーツもできなかったけど。通学しながら今日こなさなきゃいけないことを長期計画と短期計画で見比べて決めていた。仲間にも恵まれていた。恋人にも。

でも、本当に真面目だったから他の人から少し距離を置かれることもあって、変に理想化されることもあって、それが悲しくて、何がレールに沿った人生だ、このままじゃつまらない大人になってしまうのではないかって自己嫌悪して。けど特にレールに沿った人生だからって苦労することはないってわかってるからそこに安住して。

 

 

今、どうしたいのかな。大学生になったらレールから外れたこともいっぱいしなくちゃって思ってしてみたけど、そういうことをするたびにちっちゃく罪悪感が生まれて。肌に合わないなぁって思うけどでもつまらない大人にだけはなりたくないから意味があるのかも分からないまま遊んでみた。遊びが、つまらない大人、つまる大人になることに何か作用するのかもわからないまま。

 

 

わからない。

 

 

「目的をもって動け」という人、「目的なんてなくていいから、その場その場で全力を出し切れば自然と良いところに落ち着く」という人。

みんな言うことが違っている。だって、自分の経験則からしか人は物を言えないから。

 

 

高校卒業したとき、一つ、こんな大人になりたいな、という夢を掲げた。

「芯や信念を持っていてそれに沿って行動できる大人になる」

 

1年生になったとき「この一年はとにかくいろんな経験をする」と決めた。自分の中で芯になるものを持つために。

 

学んだことは、

無理に人に合わせようとしなくても生きていけるということ。

フットワークの軽さは良い面も悪い面も表裏一体ということ。

人は言葉に出さないけど誰しもが考えているということ。

だけど、言葉でしか意思疎通を図れないからある程度の妥協を覚え、最大限の努力をすること。他人のことをすべて理解できるとおもわないこと。

恋人がいることで得られるのは寛容さ、柔らかさ、そして少しの色気。

必要以上に忖度する必要はないこと。甘えるのも大事だということ。

自制心はある程度必要だということ、でもある程度でいいということ。

人間関係を円滑にするうえで一番大事なのは寛容さであるということ。それは「自分は自分、他人は他人」と割り切るという残酷さとも一致すること。

学生ならではの特権は、恥をかくことを奨励されること。

愚痴はたまにこぼしてもいい、けど悪口は醜いということ。

疲れと眠気は目に一番出るからそういうときは他人に悟られる前に自分で対処すること。笑顔でごまかそうとしても無駄。

自分にウソをつくことが私は人よりも苦手だということ

 

・・・・・書いてみるといっぱいあったなぁ。思ったより学んでいることがあったらしい。そういう意味ではこの一年無意味ではなかったのか。

 

自分の経験則からしか人は物を言えない

 

さっき書いていたときは気づかなかったけど、これって真理だなぁ。

 

うーーーーん、新年の抱負を書くつもりが収拾つかなくなってきてしまった。また続きは気が向いたら書こうかな。