Serious Bunburying

隕石で手をあたためていましたがこぼれてしまうこれはなんなの

どうでもいいの、よくないの

やっと三田祭が終わった。

ピアノの出来はさんざんで、指の力が足りないこと。基礎が足りてなかったこと。いろいろと痛感した。もっとうまくなりたい。

 

そのあとのコンパで先輩に言われた一言がすごく私の中でぐるぐるもやもやしている。

「自分いいっすか!?お前ね、本当に自分を安売りしないほうがいいと思うよ」

 

諭してくれているだけだと思うんだけど、なんだかいらっとしてしまった。

こういうの、サラッと「そうですね~ニコニコ」って返せたらいいのに、私は

「でも私、処女ですよ?」

って返してしまった。真面目に返してどうする。馬鹿野郎。

でもカチンときちゃったんだよ。私は、売ってるふりして肝心なところは売らないっていうのがポリシー(?)だったから。ただ安売りしているようにほかの人からは見られてるのかなって思ったら悲しくなってしまって。

 

 

世の中で自分を安売りしている人ってたいてい心までは安売りしていないと思うんです。

心を開いたフリをして、本当の心は閉ざしたままなんじゃないかな。

特に自分の見た目を売っていく職業なんかは。グラビアアイドルとか。

前に吉岡里帆さんがグラビアアイドル時代について語ってた記事をふとおもいだした。

吉岡:あの時間もある種、文字通り切り売りの時間だったんです。だって私は水着姿なんて絶対出したくなかったし、両親からも、「本当に結婚するような人にしか見せちゃだめ」という教育を受けてきたから。それを、全国区の、ワンコインで買える週刊誌で披露して、1週間後には廃棄処分されて。こんなに脱いでも、翌週には別の女の子のことを見るんだろうなと思うと、自分のその「旬すぎる時間」みたいなものがすごく辛かったです。

吉澤:そうですよね……。

吉岡:でもこれを言うと、ファンでいてくれる方たちはすごく怒るんですよね。「応援している人をバカにしてる」という手紙をいただいたこともあります。でも決してバカにしているわけじゃなくて、やりたくないというのは私の偽れない本当の気持ちで、でも、そう思いながらも脱ぐことに意味があると思っていました。嫌なんだけど、自分の夢をつかむために、それをやってほしいと求めてくれる人がいる以上、その人たちに応えるのが私の生き方だということに抗えなかったんです。

私が本当に自分の好きなことだけをする人間だったらーーつまり、人に染まるんじゃなくて自分の色に染めたいような人間だったら、グラビアはやっていなかった。でも、誰かに染められたい以上は、これもやらなければと思ったんです。だから、自分で選んだという自信はあります。同時に、「私は最初にこういうハンデを抱えるんだ」というのもお芝居をしていくうえでの覚悟に繋がりましたし。

吉澤:ハンデと言うと?

吉岡:人は、脱いだ人を「脱いでる人が芝居している」って見るんですよ。脱がない人のことは、はじめから「この人は芝居する人なんだ」という目で見ます。その壁ってすっごく厚くて高くて、自分で自分の首を絞めるみたいな行為をしてしまったと思うこともあります。でも、時間が経って、それがよかったと言ってくれる人がいるのは、やっぱりすごく嬉しい。今となっては、グラビアは本当にやってよかったです。

吉澤:すごく素敵な話。

吉岡:グラビア撮影用の水着って、本当に冗談じゃないくらい痛いんですよ……! スタイリストさんが素敵だって思った布でつくっていて、ゴムとかが入っていないんです。

吉澤:そうなんだ、完全にフィクションなんだね。

吉岡:市販の水着はちゃんと伸びるし守ってくれるけど、私が着ていたグラビア用の水着は、人に見てもらうための水着だったから、ゴムが入っていないどころか、革紐や伸びない布でできることもあって。皮膚に食い込むくらいぐっと縛るから、次の日も跡が残っているんですよ。食い込ませることでお肉がちょっと盛り上がって、それが色気になるという。

—たんに「服を脱いだ」のではなく、文字通り、身体や人生をかけた物語をつくりあげて提示しているわけですね。

吉岡:だから、週刊誌を見るときに本当に考えてほしいのは、写真に写っている子たちは、一世一代の賭けをしているということ。消耗品になることを前提に脱いでいることも含め、いろんなことを思いながら、そこで笑顔でいるんだよっていうのをわかってほしいなと思います。

 

 

こういうの見ちゃうとあの女優さんは嫌い、好き、とか言えなくなっちゃう。

やっぱり裏での努力とか葛藤とかって表では見えないものだよね。

フレキャンやったときも思ったけど、私はそういうのほかの人にどうしても伝えたくなっちゃうから向いてないのかな~って思った。けど、見せずに裏で頑張ってる人って本当にかっこよくて、多分「修行」か何かだと思ってるのかなぁ。苦痛をその先にある目標に対する気持ちが凌駕しちゃっているから耐えられる、というか。

 

そこまでの覚悟はまだ決まっておりません。アナウンサー、なりたいのかな。むしろ最近は裏での番組作りに携わりたい気持ちがむくむくって感じだ。