Serious Bunburying

生きるのに必死な××

重要

なんで、メディコムを受けようか迷ってるのか

 

メディアに興味があるから

 

なんでメディアに興味があるのか

 

高3で世界史を勉強しているときにテレビを見ていて学校で習っていることと現実が全然違うこと、世間一般で言われていることとリアルの声が違うこと、そしてそれを知らないから目の前の感情を消費させるようにしか思えない情報に踊らされている人々のことを思ったら憤りがフツフツと出てきた。憤りというのはメディアやそれを放置している社会に対して。その憤りに気づかせてくれるきっかけになったのもメディアだ。私はそのリアルと、メディアの生み出す虚像のようなものにはどうしてこんなにも違いが生まれてしまうのかを知りたい。そして、リアルの姿をもっと色んな層に知ってほしい。メディアの感情を消費させるような実態を変えたい。

 

小学校ときからアナウンサーにあこがれていた。そのときの理由は、今までよくわかってなかったのだけど、よくよく思い出してみると放送委員会での放送を私の好きな男の子に褒められたからだったと思う。私は当時、とても地味で、運動ができなくて、発言が苦手で眼鏡をかけていて、そんな自分に過度なくらい自信がなかった。だから、「溝口の声いいよな~!って○○君がお昼の放送のときにいってたよ」って友達から聞いたとき、ものすごくうれしかった。私でもあの男の子の目(耳?)にとまるんだ、私の声で。って思った。高校のときも大学に入ってからも、「溝口は声がいいよね」って言われた。自分で自分の声は意識できないけど強いて言うなら癖のない声だと思う。それを生かせるなら、アナウンサーも悪くないよなって思った。そんな気持ちだったから、私はメディアに興味があってアナウンサーになりたいわけではなかった。

それなのに、私が将来なりたいな~と思う職業は全部メディアに通じるものだった。編集者。CM制作。映像の編集。TV番組作成。コピーライター。何かを伝える。視覚で訴えるもの。小さいころから絵だけは好きで毎日毎日なにかしら自分の想像物を紙に表していた。表現が好きだった。だからかもしれない。なぜそれになりたいのかはわからないけど心惹かれるのは表現物の作成者だった。

私はそのまま進路を考えるべき高3のときも、早稲田の文化構想学部を志望した。イメージについて専門的に学ぶことができたから。だけど、メディアのことについてなんて何も知らないし、TVだって私はもともとあまり見ないほうだった。だから、これでいいのかなぁ、という疑問は常に抱えながらも勉強はしていた。受験勉強の中でスタディサプリの世界史をみて、「今までなんとなく見ていたニュースが作り出したイメージや教科書を読んだ時のイメージと、実際の姿って全然違う」と感じることがあった。その先生が世界各国を旅して自分で見聞きしたことを授業内で話していたからだ。さらに、ちゃんと世界史を学ぶとなぜ世界が今こうあるのか急に理解できるようになった。日本についても然り。でも、こうしてちゃんと勉強しない限り自分の主観やテレビの流す情報だけで世界を見ることになってしまうんだ、そう思ったら急に恐ろしくなった。きっとそういう人たちが大部分を占める世の中で選挙を行っているという事実にも恐怖を感じた。私だってまだまだ知らないことがたくさんあって、そんな中で生きているんだ、と思うと自分の足元が崩れていくような錯覚を覚えた。

いうなれば、自分の無知に、他の人たちの無知に、そして無知のまま社会を動かしている自分たち、そして無知なのにメディアの情報に振り回される私たちにものすごい危機感のようなものを感じた。どうしたらそんな状況を克服できるのか、自分ひとりがいろんな勉強をしたって全体が変わることにはならないし教育制度を変えるなんて大それたこと、途方もなさ過ぎてできる気がしない。それなら、メディアの状況を変えるしかないじゃないか、と。

メディアなら変えるのが簡単だなんてそんなことを言っているわけではない。ただ、それなら下の世代だけでなく選挙権を大幅に占めている大人にまで影響を及ぼすことができると思ったから。そんなときに、NHKの番組、「NHKスペシャル 資本主義の未来 マネーワールド」という経済の特番を見た。世界史で習ったこととリンクしつつ実態についてわかりやすく爆笑問題の2人を起用して説明している番組。また、「クローズアップ現代 21世紀の資本主義はどこへ ~トマ・ピケティに問う~」も印象深かった。NHKの番組は普通なら敬遠しがちかつ現代社会と深く関わりのあるテーマをとても分かりやすく解説している。映像だからこそなせることのできる業だと思う。感動した。

私はこれらに影響を受けて高3の11月ではあったけど慶應の法学部、早稲田の政治経済学部も受けようと思い立った。結局準備が間に合わなくて進学するのは文学部になってしまったが。後悔はしていないけれどそのまましばらくぼんやりとしたまま大学生活を過ごしていた。持前の好奇心旺盛な部分が私をいろんなところに連れて行った。フットワークが軽いといわれるのは単に好奇心のせい。とにかく自分の知らないことを知りたい。勉強じゃなくてもなんでも。けど、一つのことにうちこんでいる友達を見ているとすごくうらやましかったし私はいろんなことに首を突っ込むわりに夢中になれることがなくて悲しかった。唯一面白いと思える近代思想史の授業も、好きなのは思想史ではなくて先生の現代政治に関する雑談だった。彼のプロフィールを調べたら慶應の法政卒で、余計悲しくなった。自分で勉強すればいいのだろうけど何から手を出せばいいのかもよくわからなくて足止めをくらっているような気分だった。

 

丸山さんに出会ったのはそんなときだった。あこがれのNHKの、しかも欲望の資本主義のエグゼクティブプロデューサー。そしてお話の中にでてきた「今の日本はメディアに感情を消費されている」「もっと私たちは皆さんが考えるための材料を提示してそれをもとにみんなで考えるような番組を作るべきだ」「受け身で情報に向き合うのではなく、対話が大事だ」・・・・などなど。私が高3のときに感じたことと同じだ!!!って。感動した。そのときちょうどメディコムを受けるべきか迷っていたところだったから余計ビビッときた。以上思考の整理。

君はなんで

近頃の私はおかしい

 

何がおかしいかって言われるとよくわからないのだけど、受験前みたいになっている、という表現が一番しっくりくる。

 

妙に意識が高いけど明確な目標もないし何がしたいのかもわからない、でも好奇心だけはすごいみたいな。

 

なのにメディコムの試験は迫ってて、三田祭も迫ってて、考える時間をくださいって感じ。

 

なんで、メディコムを受けようか迷ってるのか

 

メディアに興味があるから

 

なんでメディアに興味があるのか

 

高3で世界史を勉強しているときにテレビを見ていて学校で習っていることと実際が全然違うこと、世間一般で言われていることとリアルの声が違うこと、そしてそれを知らないから目の前の感情を消費させるようにしか思えない情報に踊らされている人々のことを思ったら憤りがフツフツと出てきた。憤りというのはメディアやそれを放置している社会に対して。その憤りに気づかせてくれるきっかけになったのもメディアだ。私はそのリアルと、メディアの生み出す虚像のようなものにはどうしてこんなにも違いが生まれてしまうのかを知りたい。そして、リアルの姿をもっと色んな層に知ってほしい。メディアの感情を消費させるような実態を変えたい。

 

だから、政治についてもっと知りたいしメディアのことについても知りたい。知りたい。なんでも。

 

書いたらいっぱいあるのね。笑

 

倫理学をやりたいのは、人と人の繋がりの本質のようなものがそこに隠されているような気がしたから。人と人の在り方を知りたい。

 

でも、社会学も気にはなるのだ〜あ〜

 

 

 

 

 

 

 

メディコムの試験対策が大変だけど常識として知っておくべきなんだろな。政治知識を入れる良いきっかけにもなるし。

 

情報を共有し、対話につなげる。

 

丸山さんのはなしめちゃ私の理想なんだよなぁ、かっこいい…響く…

一人っていい

一人の時間ってものすごくものすごく落ち着く。

 

前しいたけ占いに書いてあったみたいに、ふたご座は一人の時間を重視するっていうのは本当に当たってると思う。

 

人の話を聞いていて、笑えなくなった。

心から面白いと思うことが減った。

 

どうしたらいいんだろうな。

 

おなか痛いくらい笑いたいのになぁ、自分の中のギャグ線も昔より減っているようで悲しい。

 

だから、今は一人でいたい。今までは学校にいて、必ず周りに知り合いがいたけど今は全然いないから。一人で入れるから。一人で好きなとこに好きな時に行けるのってある意味大学生の間だけだし。

友人だと思っていたい

なにかと思わせぶりなことをしてくるやつがいる。

 

そいつの〇〇を口にすることができるかというとnoだけど、顔は好きだ。

でも、そやつが好きな人の話をしているのを聞くと私の機嫌は急降下して心が絶対零度まで冷え切っていくのがわかる。

なんていうんだろ、愛することはできるけどセックスはできない、そんな感じ。

 

大体なんだ、なんであんなに目を合わせてくるんだ。しかも気づいたらとなりにいたりするあたり性質が悪いなぁって思う。向こうも向こうなりに前に進もうとしているのだろうか。私を好きになれたらいいって思っているのだろうか。もうわからない。友人として仲良くしていたい。けど、恋愛したいという自分の気持ちがそれを邪魔している気がする。

 

自分から落ちた恋愛でうまくいった例がない。相手に変な理想を持ちすぎてしまう。それがだんだん所有欲につながっていく。奪われそうになると嫉妬で狂いそうになる。大学生になってから、所有欲が増した気がする。

相手が自分の手に入った瞬間満足して、急に興味がなくなってしまう。私の所有物に対して周りはどう思うのか。私の所有物の価値は高いのか。そんなことばかり気にしてしまう。これは愛ではない。

 

彼とは、そういうドロドロになりたくないのだ。ただただ悪友として仲良くしていたいのだ。似たような境遇に置かれたナイーブな者同士、仲良くしていたい。バカ騒ぎしていたい。もしそれが壊れれば、いや、壊れかけているのかもしれないけどどうせあいつも男だから、いうなれば性器。ヤリたいヤリたいなんていう欲求で満たされてしまうに違いない。私は代替品に自ら進んでなりたいと思うほど吹っ切れてはいない。

 

分析し続けたら何か変わるのだろうか。この彼に対する気持ちはなんなのだろうか。

 

期待するのはやめ!

自分にとっての強さ、賢さ、美しさの定義①

なんだか長くなりそうかつたびたび考え直したいので①と銘打った。

 

「賢さ・強さ・美しさという言葉の意味を、自ら定義し、その定義を体現し続けること」-20歳の時に知っておきたかったことリストより。

 

読んだ時からずーっと、これはじっくり考えたいと思っていた。

自分の言葉で。

 

賢さは難しいから、強さから考えてみようかな。

 

強さ。

肉体的な強さ、タフさとも関係すると思うんだけど、何かのために動ける人って強いと思う。

多分他の2項目においても言えると思うんだけど、私にとって最終的に理想の人って母なんだよね。

文句は・・・まぁ小言みたいな感じでいうけど、朝早く起きてお弁当と夕食作って家事もやって遠い会社まで行って、帰ってきたらまたお弁当の仕込みする母ってホントにすごいと思う。母の料理はおいしい。テレビとか見てても場がなんか和む。家帰りたいなって思わせてくれる。これも自分たちの教育費のためにやってくれてるんだって思うと感謝するしかない。いつか返してあげたい。

そういう人のために本気で動けるのが強さなんじゃないかな。言い換えれば、無償の愛情。母は強し、ってこういうことだと思う。

 

これはどこにいっても同じで、何かのために、全力のコストパフォーマンスで働いたり動けるって強いと思う。軸がブレないし。

 

強さ=愛情と考えると、

その人のために寛容になれたり、時には本気の意見をぶつけてあげられることも強さだと思う。

 

だから、私が今それを体現するとしたら、人間関係の上でも母みたいな愛情をもって接していきたいし、課題とかもしっかり取り組まなきゃなぁって思う。ピアノもそう。変にズルしようとせずに、がむしゃらにやる。そういう人って全然ダサくないよ。かっこいいよ。生きてるよ。

 

真面目がダサいみたいな風潮に私は違和感を感じていたのかもしれない。ふと思った。真面目さを自分からアピールする人はカッコ悪いけど、あくまで当然のこととして成し遂げていく人はすごくかっこいい。

 

強さの象徴は母の愛情。具体的に言えば、寛容さ。真面目さ。タフさ。そしてそれを鼻につかないくらいサラッとやりのけること。

 

美しさ。

人の外見にその人の内面は現れるってよく言うよね。

たとえば、笑顔が素敵な人。作り笑いとかじゃなくて、笑いを向けられた人をほわっとさせてしまうような笑顔の人。れなちゃんとかモフとかをイメージするとわかりやすい。

心のキレイさとでもいうのか。しなやかさ?女性らしさ?この人の近くなら安らかな気持ちでいられる、っていう人が美しいと思う。ここでもやっぱり母なのか。

モデルさんみたいなただただ美しくて圧倒される、というよりもこの人の近くにいたいと思わせられるような人でありたいな。悲しんでいる人がいたら黙って寄り添ってあげられる。そんな人。

 

でも、あくまで他人に入れ込みすぎるんじゃなくて、切り捨てるべきときはスパッときる。そういう思いきりの良さも美しさなんじゃないかと思う。

愛を注ぎたい人にぞんぶんに注ぐ。そういう人でありたい。

 

賢さ。

大学生になってから、人間関係についてものすごく考えた。いろいろ実践した。

賢さって、勉強のできる頭の良さじゃない。そうじゃなくて、自分で何が適切なのか考えられる力だと思う。

萩さんとか賢いな~って思う。周りをよく見て、何が自分にできるのか考えたうえで行動できる。まぁ、だらしないのは見習えないけど。笑

自分の言葉で自分の考えを語れる人って魅力的だし賢いと思うんだよね。

これは対人関係における賢さかな。

 

自分で何が適切なのか考えられる力っていう意味では、その時その時をぞんぶんに生きること。

大学一年の今なら、とにかくいろんな世界に触れる。節操ないな~って言われるくらいいろんなことに興味をもって自分の目で触れていく。これは大学三年になったらできないことだと思う。性的に乱れるのも、今じゃない。処女を失うのは好きな人と。それが終わってからなら良いと思ってるけどね。

 

ふぅ。なんだか頭がスッキリしたので今日はここまで!

 

 

 

 

なんだか寂しい。

 

お酒を飲みたくてしょうがない。こんな日はどうしたらいいんだろう。

 

かわいいクラフトビールを飲みたい。

 

「僕ビール、君ビール」

水曜日のネコ

よなよなエール

 

ここらへんを今度買って、理解者と飲みたいなぁ。伊吹とか?分かり手だし。いや、なんでだ。響あたりのってきそうだけどな。どうかな。

 

椎名林檎罪と罰がきいた。

「確信できる 現在だけ 重ねて

あたしの名前をちゃんと呼んで

身体を触って

必要なのは 是だけ 認めて」

 

声の掠れ具合と相手への執着具合が、痛々しいほど伝わってきて、それを相手がおもくかんじてむしろ離れていってしまうことも怖いことも伝わってきて本当に苦しい。

こういう気持ちを一人で抱えるのは多分私だけじゃないけど、一人で抱え込むべきなのだろうか。誰かにぶつけたらいけないのだろうか。

「カラフル」

空腹に耐えるのはつらい。

ブックオフを徘徊しながらあまりにもおなかがすきすぎて、喉がカラカラになりすぎて食欲の権化のようになってしまった。結局、チロルチョコを買った。コンビニでチロルチョコを1つだけ買うのはちょっぴり恥ずかしかった。レシートを受け取るあたり、尚更。恥ずかしい。いつもの癖なだけなのだけど。

 

チロルチョコって意外と大きい。概念的にはチロルチョコ=ひとくちチョコだけど、カロリーは56kcalだし2粒分くらいある。全然かわいくない。

 

今日食べたものは、

朝:メープルシロップとレモン汁をかけた脂肪0のヨーグルト・焼き芋1/4

昼:野菜弁当(きのことピーマンとパプリカの炒め物・ミニトマト2個・ごぼうと人参の肉巻き・れんこんハンバーグ)

おやつ:チロルチョコ

夜:鍋(もやしとキャベツ・鶏肉・ソーセージ)・豆腐・ごはん1/2

 

わりとしっかり食べている。野菜たっぷり。

 

明日はハンバ―ガーだから朝~夕にかけてちょびちょび食べてもいいかもしれない。

夕食がまぁ700はいきそうだから他を300くらいに抑えたい。帰りはもちろん一駅分歩くと。一限の直前にあのおやつボックスにぶどうとかチーズとか入れていったのを食べれば良いか。昼はサラダ、途中でおなかすいたらゆでたまご・コーヒーとかかな?あと水も持って行かなくちゃ。

夕食でいきなり血糖値が上がらないように5限後に何かつまめると良いかも。はちみつ黒酢ダイエットが良いらしい・・・買ってみようかなぁ。

 

昨日「カラフル」を読んでいたく感動した。

ファンタジーなお話かと思いきや結構ドロドロで、でも響く言葉がいっぱいあった。自分で自分の可能性をつぶしている自分に気づかされたというか。いつ読んでも心に響くだろうなって思う。名作。これを私に勧めてくれた友人ありがとう。

 

というわけで今日も本を3冊買ってきた。楽しみ。本ってこんなに面白かったんだな。空腹すら忘れちゃいそう・・・。笑