Serious Bunburying

隕石で手をあたためていましたがこぼれてしまうこれはなんなの

新年、信念

はいはい、明けまして新年。おはようございます。おめでとうございます。

 

抱負を考えなきゃ、といそいそとPCを起動させました。最近文字化させないと考えを整理できないの、本当に困る。

 

去年の抱負はずばり「楽しむ!」だったんだけどそれはバッチリ達成できたと思う。悔いがないくらい遊んだ。近頃になって1女らしくはなかったこと、周りに引かれていたかもしれないな~ってうっすら感じるようになった。先輩たちが良い人達でよかった。多分他サーだったら8回は襲われてる。はぁー楽しかった。何にせよ振り切れなきゃね。お母さんお父さん、悪い娘でごめんなさい。

 

でも一つのことに振り切れるとどこかしら犠牲はでてくるもので。

まぁ単位だよね。

ちょっと勉強おろそかにしすぎてしまった自覚はある。高3の頃の私が今の私を見たら絶対怒る。勉強に対するストイックさが違いすぎる。

 

そんなわけで今年は締めるところは締める年にしたいな、と。

勉強・レポートの期限しかり財布しかり身体しかり遊び方しかり飲み方しかり・・・・・・。締めるとこは締めたいなぁ。

 

メディコムに入所できたことは私に3つの恩恵を与えた。

1つ、将来についてきちんとした見識を持った教授の下で考えられるようにしたこと。

2つ、苦手なディスカッションやプレゼンを少人数で学ぶことで鍛えられるようにしたこと。

3つ、見た目への意識の向上。

 

ん?3つ目なんかおかしくない?・・・・や、おかしくない。

一次試験のときも二次試験のときも思ったんだけどみんな顔面偏差値とスタイルが異常に高い。やっぱアナウンサーとか目指してる人が多いからなのかな?試験中そればっかり気に取られてしまった。このままだと入所してもやばい・・・・。そんなわけで痩せなぁと日々思う。うん、痩せよう。具体的なことはまたあとで紙にでも書いてまとめよう・・・・。

 

遊び方。男子の家に泊まるのはどうなんだろう。ポンコッペとかに「どう思う?」って聞いたら「人それぞれなんじゃない」って肯定なんだか否定なんだかよくわからない答えが返ってきたけどとりあえず肯定だと取っておいた。

けど、美容院とか初対面とかの人によく言われるのは「悪いことしてなさそう」「ザ・温室育ち」みたいな印象。雰囲気からしてそれがでちゃってる。

それがちょっと嫌で、そのまま大人になるのが嫌で、酸いも甘いも悪いことも経験したうえで大人になりたくて。だから、大学生になってから今までとはまるで真逆の生活を送ってみた。(たまに、「やっぱり健康になりたい」ってなることも多々あったけど)

で、どうだったかというと。もちろん楽しかった。今だって楽しい。10代最後の一年の夜に少し年上の先輩とふざけつつ深い話をしたり、同じ学年の女子とサシで哲学的な話だったり女子ならではの恋愛に立ち入った話をするのは本当に価値があった。

けど、、、なんだろう。今まで生きてきた19年間の人生がそれは私の肌に合わない、となんとなく告げている気がする。すごく楽しいのに。もっと続けたいのに。

 

一週間に2日はどうしようもないくらい自堕落になって夜遊びしたい。もう一週間に2日はふらっと部室に寄って軽くおしゃべりしたい。一日のうち3時間は一人になりたい。一か月のうち一週間はとにかく働きたい。

 

自分の欲求と、今までの環境の差が大きくて、どれが本当の私なのかな?ってなる。この欲求は見かけだけのもの?本質的な私の欲求ではないの?んんー自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。

 

今まで。

今までは萩さんに言われたように、外れた道を進んだことはなかった、と思う。

テストでは満点以外目指したことはなかった。居眠りなんてしたことなかった。部活をサボるなんてしたことなかった。むしろどうしたらもっとうまくなれるのか、自分でもいろいろ調べたりして。人間関係の上でもやりすぎなくらいマメだった。あ、忘れ物はよくしていたけど。スポーツもできなかったけど。通学しながら今日こなさなきゃいけないことを長期計画と短期計画で見比べて決めていた。仲間にも恵まれていた。恋人にも。

でも、本当に真面目だったから他の人から少し距離を置かれることもあって、変に理想化されることもあって、それが悲しくて、何がレールに沿った人生だ、このままじゃつまらない大人になってしまうのではないかって自己嫌悪して。けど特にレールに沿った人生だからって苦労することはないってわかってるからそこに安住して。

 

 

今、どうしたいのかな。大学生になったらレールから外れたこともいっぱいしなくちゃって思ってしてみたけど、そういうことをするたびにちっちゃく罪悪感が生まれて。肌に合わないなぁって思うけどでもつまらない大人にだけはなりたくないから意味があるのかも分からないまま遊んでみた。遊びが、つまらない大人、つまる大人になることに何か作用するのかもわからないまま。

 

 

わからない。

 

 

「目的をもって動け」という人、「目的なんてなくていいから、その場その場で全力を出し切れば自然と良いところに落ち着く」という人。

みんな言うことが違っている。だって、自分の経験則からしか人は物を言えないから。

 

 

高校卒業したとき、一つ、こんな大人になりたいな、という夢を掲げた。

「芯や信念を持っていてそれに沿って行動できる大人になる」

 

1年生になったとき「この一年はとにかくいろんな経験をする」と決めた。自分の中で芯になるものを持つために。

 

学んだことは、

無理に人に合わせようとしなくても生きていけるということ。

フットワークの軽さは良い面も悪い面も表裏一体ということ。

人は言葉に出さないけど誰しもが考えているということ。

だけど、言葉でしか意思疎通を図れないからある程度の妥協を覚え、最大限の努力をすること。他人のことをすべて理解できるとおもわないこと。

恋人がいることで得られるのは寛容さ、柔らかさ、そして少しの色気。

必要以上に忖度する必要はないこと。甘えるのも大事だということ。

自制心はある程度必要だということ、でもある程度でいいということ。

人間関係を円滑にするうえで一番大事なのは寛容さであるということ。それは「自分は自分、他人は他人」と割り切るという残酷さとも一致すること。

学生ならではの特権は、恥をかくことを奨励されること。

愚痴はたまにこぼしてもいい、けど悪口は醜いということ。

疲れと眠気は目に一番出るからそういうときは他人に悟られる前に自分で対処すること。笑顔でごまかそうとしても無駄。

自分にウソをつくことが私は人よりも苦手だということ

 

・・・・・書いてみるといっぱいあったなぁ。思ったより学んでいることがあったらしい。そういう意味ではこの一年無意味ではなかったのか。

 

自分の経験則からしか人は物を言えない

 

さっき書いていたときは気づかなかったけど、これって真理だなぁ。

 

うーーーーん、新年の抱負を書くつもりが収拾つかなくなってきてしまった。また続きは気が向いたら書こうかな。

 

カラフル

また読んでしまった。

読むたびに良い話だなと思う。

 

「人は自分でも気づかないところで、だれかを救ったり苦しめたりしている。

この世があまりにカラフルだから、ぼくらはいつも迷ってる。

どれがほんとの色だかわからなくて。

どれが自分の色だかわからなくて。」

 

「ときには目のくらむほどカラフルなあの世界。

あの極彩色の渦にもどろう。

あそこでみんなといっしょに色まみれになって生きていこう。

たとえそれがなんのためだかわからなくなってもーーーー」

 

好きな一節。

そう、見方を変えるだけでどんな風にも取れてしまう。

どんなことでも1色しかないことなんてない。かならずいくつかの色がある。ほんとに生きづらい世の中だよね。人間によってどういう色である事象Nを見るか変わってくる。そしたら同じNでもそれについて語るとき、個々人でちがう色だと思ってるんだから意見が対立したって当然だ。

言葉は鮮明すぎるから、個人で感じるその色の違いが言葉によって浮彫りにされてしまうから、同じNなのに全く別のものに思えてしまうんだ。

 

そのことに嫌になってしまうことっていっぱいある。どうしてわかってくれないの?基本はこの気持ちから始まると思う。違うからこそ面白い、そう考えれば良いのは自己啓発本にいっぱい書かれていることで、もう見飽きた。それができれば苦労しないんだ。違うゆえに苦しむことっていっぱいあるんだ。

 

幼稚園に入る前、学童保育のころ、私は問題児だった。

小さな集会室でお母さんと2,3歳の子が手をつないでリレーをし、無事ゴールができた子は出口でお菓子をもらえる、そんな催しものがあった。
大好きなお母さんと手をつないでリレーの列に並ぶ。どんなお菓子がもらえるのかな、なんてわくわくしながら。当たり前だ。そういう流れなのだから。
なのに私はルールだなんて完全に無視、いきなりお母さんの近くから離れてダッシュ、お菓子を渡す係の保育士さんのところにいってリレーすら終わってないのに、ゴールをした親子たちにお菓子を配り始めるという・・・・・。私の母は唖然、周りのお母さんたちも「恵子ちゃん大変ね」なんて言われていたらしい。

 

周りの流れやルールに合わせることが大の苦手だった。

 

公園で仲の良い子が私の知らない子と遊んでいたのに、無理やり一緒に遊ぼう!って声をかけて煙たがられたこともあった。

「恵子ちゃん嫌い!」って言われていたらしいこと。母から聞いて幼いながらに結構ショックだった。

 

幼稚園になってから、今まで無自覚でほかの子と行動を合わせなかったのが、「私はほかの子とずっと一緒にいると疲れる」ということを自覚し始めた。けどずっと一匹狼のような行動をしていると嫌われてしまうのもわかっていたからセーラームーンごっことかには参加していた。でもどうしても疲れてしまって。年中さんのころは休み時間にただひたすら竹馬を一人で黙々とやっていた。記憶がある。年長になると女の子たちがおままごとをしている中一人でベランダにでてぼーっとしていた。輪に入っていることが苦痛だった。一人でいると気分が落ち着いていった。私が友達と遊ばなくても時間は過ぎていくし世界は回っていく。なら別に無理をする必要はないじゃないか・・・と。

 

小学生になるとなかなかそういう時間は取れなくなる。一人でいると恥ずかしい、そんな風潮が流れるようになっていった。中学生になると余計に。先輩との上下関係や暗黙の規律。そういったものに縛られると反発したくなる性質が人一倍強かったみたいで、私はひそかに対抗心を露わにしていた。みんなだっておかしいと思うでしょう?どうして鞄にかわいいキーホルダーをつけちゃいけないの?学校の規則にダメなんて書いてないのにどうして私の部活だけそんなに厳しいの?誰にも迷惑かけないのに。どうして鞄をリュックみたいに背負っちゃいけないの?片方の肩が痛くてしょうがないよ。どうして理由がないルールに従わなくちゃいけないの?・・・・・私が「規則違反」をすると数人も違反しだした。その数日後なぜか私だけ先生に呼び出された。「最近三年生の規則違反が目立ちますけど、あなたが言い出したからみたいですね」と。おい誰だよ先生にそんなこと言ったやつ。

鬼教師は怖かった。反省文を書かされ、他の部員の前でいかに自分が悪いことをしたか語らされた。でも心の中では全く反省なんてしていなくて謝罪しながら自嘲的な笑みを浮かべていた気がする。私、ダメな副部長だったな。

 

長くなってしまったけど、私はとにかく納得のできない規則や上下関係に縛られるのが大嫌いで、けど周囲ではそれに従うことは当たり前で、いつもズレを感じていた。

 

大学生になって、ダメだといわれることが少なくなった。
途端に楽になるかと思いきやそうではなかった。
大学という場所は規則がない分自分の中の倫理観で動いていかなければならない。
小~高校は学校側がある行動に対して”何色”かを決めていたからある意味楽だったのかもしれない。

 

この世があまりにカラフルだから、ぼくらはいつも迷ってる。

 

カラフルであることは自由であるとともに私を困らせる。でも。この小説を読んでいると「まぁ、そんな世界でも悪くはないかな」と思えてしまうのが不思議だ。単色の世界よりもずっと良い。けど、そう、迷う。迷っていてもいいのかな、と思わせてくれるのが「カラフル」の一番の魅力かもしれない。

 

思考と言葉

昨日、丸山さんにお会いした。

当初のぼんやりとした予定だとその内容を簡潔にあとでこちらにまとめようと思っていたのだけど、とんだ誤算だった。というか傲慢。本を読んだ時にすでに感じていたことだけど、一つの話題が出てからものすごく様々な方向へと思考がとんだ上で元の話に戻る。戻った時、私たちが元の話がさらにいろいろな角度から見えるようになる。そんな人だった。まさに1つの番組のような。だから、サラッとまとめて昨夜の話をすることはすごく難しい。書評で「夢遊病のよう」と書かれたらしいけれど、たしかに納得できなくもないな・・・と思う。でも、夢みたいに支離滅裂なわけではない。あくまで丸山さん本人の思考回路を言語化されたものを少し覗かせていただいている、そんな気分になった。初めての感覚だった。

 

言語化、についての話をした。

 

(以下、会話の内容が「」で出てくるけれど、多少ニュアンスの違いであったり私が曲解してしまっている部分があるかもしれない。)

 

萩さんが「今の世の中って、黙っていると何も考えてない人のように思われるじゃないですか、『あいつ何も考えてない』って。そういうのすごい昔から嫌で、そんなわけないじゃん、考えてるにきまってるじゃん。って思っていたんです。でもやっぱり言語化できないとそう思われてしまうのは事実で、今日丸山さんからよどみなく言葉が出てくるのを聞いてすごいと思ったんです。」たしかこのような発言だったと思う。

 

それに対して丸山さんは「もしかしたらそういうことが今世の中で圧力になっているのかもしれない」というお話をされた。「実は、爆笑問題の太田さんは学生時代いじめられていて友人が田中さんしかいらっしゃらなかったんですよ。打ち合わせの時も、きっといろいろ考えているけれど言葉にしない、本番の時のために言葉を取っておいているというより、言語化できないという感じなんです。」これを聞いたとき、なぜかわからないけれど私の中で何か安心感のようなものが広がった。「私もどちらかというとそういうタイプの人間で大学時代や、局に入った後もいろいろと考えてはいるんですけど黙っていたので『ぼーっとしたやつ』とか逆に『考えすぎ』だとよく言われていたんです。どちらにせよ使えないやつだと。たしかにわかりやすい人や話の方が好まれる。今世の中すべてそうですよね。けれど、言葉にできない思いのほうが確実に熱い(?)重いはずなんです。言葉になったものなんてスープの上澄みのようなもので。だから、言葉にできない思いのほうを大切にしたほうが良い、そういう時代に入ってきていると思うんです」

 

前回?の記事で書いたかもしれないけど私は自分の考えを言語化できないときに涙が出る。だからこの話はすごく刺さった。言語化できないと悔しくて涙がでる。そこまではわかっていた。けれど、なぜ悔しいのか?ということまで考えが至っていなかった。世間の圧力。言語化できないやつは何も考えていないように思われる。痛いほど思い当たることがあった。大学に入ってから、特にそういうことに敏感になった。苦しかった。部室にいても周りはみんな言語化が得意なタイプに思えて、私は萩さんなんて特にそれが得意なんだと思っていた。(本人は言語化が苦手だ、と言っていたけれど。)だから、私ももっと話が上手にできたらなあ、と常々思っていたし、けれど何を話したらいいのかそもそも思考自体がまとまっていなくて、珍しくまとまっていてせっかく口を開こうとしても、「これを話したら場をシラけさせてしまうのではないか」とか「これは苦笑いされて終わるな」とか「こんなこと言ってもあの人のほうが面白いし」とかモヤモヤして口を閉ざしてしまう。そうしていくと、劣等感が積み重なっていって話すことが怖くなっていく。

プライドが高いからなのか?と悩んだこともあった。そんな自分が嫌で嫌で、素直に自分の考えを、周りなんて気にせずにいえる友人がとてもうらやましかった。

 

けど、そういう圧力が世間にあるという考え方はしたことがなくて、というかこれで苦しんでいるのはまたもや傲慢なことに私だけなのではないかと思っていて、だから、救われた気分になった。なんなんだろうね。だからコミュ障だって言われる人ほどツイッタラーだったりするのかな。(もちろん例外はたくさんあるけど)

言語化できない思いはどうしたらいいのだろう。ひとまず自分の中や他人の中にあるその存在を受け入れること。表面化したものだけをすべてだと思わないこと。これが大切なのではないかな。そのうえで、相手に伝えられるように自分の中で表現の幅を増やしていく。あぁ、勉強したいな。

 

勉強の話もした。本の中にもあったけれど、大学時代丸山さんは自分の軸足となるようなものがほしくてすごく勉強されたらしい。哲学書であったり、教授の話であったり。当時哲学書を読むのがブームだったらしいことに対して私は驚いた。今は読書しない人すらいるのに。話がそれた。丸山さんはブームに乗っかったわけではなく、勉強をしていたらしい。ちょっと、いや、かなりわかる。特にメディアのことについて本を読むたびに既存の学問分野から自分の思考の基盤となるような、いうなればコンパスになるようなものを築きあげたくなる。ツイッターをやっているときも。あれは見続けていると馬鹿になるような気がしてならない。スワイプすると同時に前見た情報も頭から抜けていくような・・・・頭の入り口と出口に穴がぱっくり開いて貫通してしまったような気分、といえば伝わるかな。だから、そういうのではなくてアナログ媒体でうんうんうなりながら自分の頭にしみついていく知識が欲しい。流されていくのではなく、どっしりと構えていられる大人になりたい。これは高校の時からの目標でもある。

 

大人の方に大学に入ってからの勉強を聞く機会はあまりなくて、丸山さんが東大の駒場キャンパスの近くに家を構えて慶應と東大を行ったり来たりしていたという話を聞いた時にはかなり衝撃を受けた。「単位を取る授業より冷やかすような気で見に行く授業のほうがよっぽど身に入る」。まさにその通りだと思う。私も行ってみようかな。面白いのは、私が一昨日の晩に近代思想史の石川先生の話をしたら丸山さんが潜りに行こうかな、といったこと。なんだか昔の丸山さんもきっとこんな感じだったのかな、と思った。人が良いといったものに対するアンテナの張り具合がすごい。「ふーん」で終わらせないのがすごい。私たちとわざわざ時間をとってくださったのもこういう姿勢が根本にあるからではないかと思う。見習いたい。

 

教授(今回は他大の講師だけど・・・)とごはんなんて言うと今はみんな驚くけれど、昔は普通のことだったらしい。教授から生徒に飲みに行こうと誘うことも珍しくなかったとか。今はいろいろと制限があってそういう機会も減ってしまったらしい。けど、丸山さん曰く教授はそうした状況に悲しんでいるらしくこちらから誘ったらうれしいのではないかということ。(あれ、これは萩さんの言っていたことかもしれない)近代思想史の先生ともこんな風にお話しできたら面白そうだなぁとぼんやり考える。

 

昔は・・・って話から、昔の本質は今でも変わらないという話へ。

小さい頃の性格は今でも根っこのところで一緒だという話をした。夏休みの宿題をどのように進めるかが仕事の進め方に表れていたり。私はちょびちょびやりつつ最後のほうでガッと進めるタイプだった。そういうタイプの人にガミガミ言ってもやらないのは大人でも変わらないらしい。人によって背中の押し方も変えるって家庭教師に生かせそうなスキルだな。あんまりガミガミ言わないようにしよう・・・。

私自身も最初からコツコツやるタイプではない(けど周りより始めるのは若干早い)っていうのを自覚してからメリハリをつけるようになった気がする。やる気がでないときはパーッと遊んじまえ、興味のあることをやれ、って。

環境に合うところに入るのが理想だよなぁ、職場なりなんなり。

 

話がそれた。

 

昔の話の1つに、さっきの大学のキャンパスに入り浸っていたころの話。

以前はネット上にシラバスなんてものはなくて、現地の掲示板で何の授業があるか確認しなくてはいけなかったらしい。「わざわざそんな大変なことしながらWスクール(?)的なことしてたんだ!」って思ったけど本人曰く「その方がより燃えた」らしい。SNSで見れてしまうから安易なもののように見えるっていう点を考えるとSNSが使えない昔のありがたさのようなものがあったらしい。

そこからTwitterの話になって、気軽な連絡手段としてなぜかアカウントを交換。もちろん「こけこっこー」。アカウントが複数(私の場合は6つ。本名・サークル用・こけこっこー・趣味×2・フレキャン用)あることを伝えたら丸山さんがすごく驚いていた。感覚がマヒしてこれが普通、アカウントごとに発言内容を変えることが普通・・・だと思っていたけれど普通に考えて普通じゃない、おかしいことだよなぁ、生きづらいよなぁ、という話に。

いや、実際問題めんどくさい。特に実名アカウントとか嘘はついてないけどすごくつぶやきにくいし。人って変わるものだけど、実名アカウントは高校までの私しか知らない人が多いからなかなかつぶやけない。もちろん高校から特にキャラが変わってない人はそのまま実名アカウントで良いけど、大学になって私はかなりオープンになったと思う。でも、それは無理してキャラ変してるわけではなくて高校の時の私も今の私も本当の私で嘘なんてついていない。根本にあるナイーブさとか妙なテンションの高さとかは変わらない。それなのにどうしてツイート内容にこんなに差があるんだろう?どこかで、「こいつ大学に入ってから変わったよな、昔はこんなんじゃなかったのに」といわれることに恐怖を感じているのだと思う。言語化できる・できないの話をしたときもそうだけど、私って、いや私に限らず、人から影響を受けることって当然だしそれによって内面だって思想だって少しずつ変わっていくのは当たり前。それによって発露されてくる言葉が変わるのも当たり前。だけど、一度会った他人に対してどうしてもステレオタイプをつけたがる。この人はこういう人だ、というステレオタイプ。それなのに、そこからあまりにもズレたものがその人から現れると少し引いてしまう。あれ、どう接したらいいんだ?私の中の予想と違うぞ、と。人の変化を受け付けない部分・・・というかそういう風潮が世間に流れているのではないか。私にはそれがすごく窮屈に感じる。あなたの中の私のイメージなんて壊れてしまえ、って。私のイメージを勝手に決めつけるな、そのイメージが余計私の行動を制限させるんだ。って。

でもそんなことしたら周りから人が消えてってしまうのではないか。幻滅されるのではないか・・・・。自分の中に臆病な部分とそれを許せない部分が同居している。

結局、今の自分でも許してくれそうな人のためだけのアカウントを作ってその中で自分のしたい表現を発露、自己表現をする、という問題の根本的な解決にはなっていない措置をとってしまう。

 

そこまでしてなんでSNSやるの?やめちゃいなよ。

 

そんな考えに至ってたまに一切SNSを開かなくなることもある。けど、やっぱりほかの人の境遇とかは気になって見てしまい、そのうち自己表現、自己主張をしたくなってしまい・・・・・のループ。

 

何が私たちを動かしているんだろうな。

 

 

だいぶ話がそれた。

 

 

丸山さんとお話したのはたったの3時間程度だったけど、やっぱり世代が違うから感覚も私たち若い世代とはズレていてとても面白かった。話をしている最中ももちろん楽しかったけど、帰ってきてじっくり考えることでより面白かったなぁ、と思えた。

次お会いできるのは6月だろうか。それまでにもう少し日本語をうまく使えるようになりたいなぁ、と思う。今回書き漏らしていたことを思い出したらまた書くかもしれない。

 

 

 

誰か止めてくれ

どうしてかわからないけど涙がボロボロ目から出てくる、ってことが年をとるにつれて増えた。

 

この間は、nhkの人と話そうとして涙が出た。緊張していたのかもしれない。なんでこんなに涙が出るんだろう、心配してるよ先輩も教授も。泣き止まなきゃ、あーーまた出てきたなにやってんの自分。

 

夏合宿もそうだった。

フレキャンの悩みとか告白されてしまった悩みとか、話しているうちに涙があふれて止まらなくなってしまって周りを随分困惑させてしまった。

 

高三の時、彼氏との登校中にあまりにも幸せで、好きすぎて泣いてしまった。

なぜかわからなかった。

 

今日もやってしまった。

メディコムの面接が終わった瞬間涙があふれて教室の前にいた係の人たちはそんな私を見てぎょっとしていた。圧迫面接が怖くて泣いたわけではない。

 

でも今日気づいた。なんで涙が出てしまうのか。

最初は緊張と、そこから開放された安心感から涙が出てしまうのかと思っていたけど、違う。

自分の考えをうまく言語化できなくて相手に伝え切れなかった時に悔しくて涙が出るのだ。

 

なぜ、嫌なのか、なぜ好きなのか、どうしてこんなにも胸がいっぱいになるのか、基本的に凪いだ私の心の中に、たまに浮かんでくる強い衝動がある。それを他人に伝えようとすると、どれも口から出した途端に言葉が熱さを失ってしまうような気がする。相手もなんだかピンときていない顔をしていて、それを見ると悲しくなって、言語化できない自分に腹が立って涙が出てしまうのだ。

これじゃあミルクが欲しくて、オムツを替えて欲しくて泣きわめく赤ん坊と一緒じゃないか。

 

年をとるにつれて、できることは増えていくけどできないことも同じくらい増えてくる気がする。

 

他人に素直な気持ちを吐露することに恐怖を覚えるようになった。相手の負担は減ったかもしれないけど深い関係になる人はその分減ってしまったし、私は一度心を開いた人にもうまく甘えられなくなってしまった。大抵は人の話を聞く側だ。私の個人的な話なんて聞いたってどうせ他人事で面白くないだろうし話す必要ないだろう、とそう思ってしまう。

 

ツイッターも、どうでもいいことしか書かないのはそれが理由。重いことをかいてしまうと見てる側は不快になる。なら、なんでツイッターなんてもの、あるのだろう。ツイッターでつぶやくたびにそこに書かれなかった言葉たちが死んでいくような気分になる。

 

みんなはどうなんだろう。

なんでみんなは涙が出ないんだろう。

わたしだけ?

 

涙が出た後はボーっとして頭が熱くなってなにも考えられなくなってしまう。頭の中で言葉がまた熱されてドロドロに溶かされたまま体内をめぐっている気がする。知恵熱っていう言葉があるけどこういうことを指すのだろうか。

 

話すことが苦手だ。

口に出して言葉にすると嘘っぽくなってしまうのはなんでだろう。無意識に自分の気持ちを捻じ曲げて相手に伝えようとしているのだろうか。もしそうなら、わたしはもう喋るという行為をやめて感情だけをとっておきたいな。

 

 

フランス料理

最近フランス料理、というかフランスにハマっている。

 

というのも、「フランス人は10着しか服を持たない」の本を読んだから。

 

影響されやすい自分の性格にちょっとあきれるけど、フランス人の生活は私の理想そのもの!だったから本当にあこがれている。ぜひまだ読んでいない人は読んでほしい。

 

そんなわけで今日は料理をつくった。

ラタトゥイユとガトーインビジブル。簡単だけど量が多くて時間がかかる。3時から7時までたちっぱなしでこの2つ+今日の夕飯の豚こまピーマン炒めをつくった。

 

www.youtube.com

 

この人の動画がすばらしい。

フランス料理っていうとなんだか難しそうだけど、動画だと案外さっくり作れてしまうのがわかるし、この動画の音が良い。音フェチにはたまらない。卵の割れる音、ぐつぐつ煮込む音、包丁で果物をさくさく切る音・・・見てるだけで作りたくなってしまう。

 

大人になったら大事な人に手の込んだ料理つくってあげたいなーなんて。

 

健康志向がマシマシの今日このごろ~

 

にしてもうまくできた料理。普段しないけど料理好きなのかもしれない。また何か作ろうかな~

 

どうでもいいの、よくないの

やっと三田祭が終わった。

ピアノの出来はさんざんで、指の力が足りないこと。基礎が足りてなかったこと。いろいろと痛感した。もっとうまくなりたい。

 

そのあとのコンパで先輩に言われた一言がすごく私の中でぐるぐるもやもやしている。

「自分いいっすか!?お前ね、本当に自分を安売りしないほうがいいと思うよ」

 

諭してくれているだけだと思うんだけど、なんだかいらっとしてしまった。

こういうの、サラッと「そうですね~ニコニコ」って返せたらいいのに、私は

「でも私、処女ですよ?」

って返してしまった。真面目に返してどうする。馬鹿野郎。

でもカチンときちゃったんだよ。私は、売ってるふりして肝心なところは売らないっていうのがポリシー(?)だったから。ただ安売りしているようにほかの人からは見られてるのかなって思ったら悲しくなってしまって。

 

 

世の中で自分を安売りしている人ってたいてい心までは安売りしていないと思うんです。

心を開いたフリをして、本当の心は閉ざしたままなんじゃないかな。

特に自分の見た目を売っていく職業なんかは。グラビアアイドルとか。

前に吉岡里帆さんがグラビアアイドル時代について語ってた記事をふとおもいだした。

吉岡:あの時間もある種、文字通り切り売りの時間だったんです。だって私は水着姿なんて絶対出したくなかったし、両親からも、「本当に結婚するような人にしか見せちゃだめ」という教育を受けてきたから。それを、全国区の、ワンコインで買える週刊誌で披露して、1週間後には廃棄処分されて。こんなに脱いでも、翌週には別の女の子のことを見るんだろうなと思うと、自分のその「旬すぎる時間」みたいなものがすごく辛かったです。

吉澤:そうですよね……。

吉岡:でもこれを言うと、ファンでいてくれる方たちはすごく怒るんですよね。「応援している人をバカにしてる」という手紙をいただいたこともあります。でも決してバカにしているわけじゃなくて、やりたくないというのは私の偽れない本当の気持ちで、でも、そう思いながらも脱ぐことに意味があると思っていました。嫌なんだけど、自分の夢をつかむために、それをやってほしいと求めてくれる人がいる以上、その人たちに応えるのが私の生き方だということに抗えなかったんです。

私が本当に自分の好きなことだけをする人間だったらーーつまり、人に染まるんじゃなくて自分の色に染めたいような人間だったら、グラビアはやっていなかった。でも、誰かに染められたい以上は、これもやらなければと思ったんです。だから、自分で選んだという自信はあります。同時に、「私は最初にこういうハンデを抱えるんだ」というのもお芝居をしていくうえでの覚悟に繋がりましたし。

吉澤:ハンデと言うと?

吉岡:人は、脱いだ人を「脱いでる人が芝居している」って見るんですよ。脱がない人のことは、はじめから「この人は芝居する人なんだ」という目で見ます。その壁ってすっごく厚くて高くて、自分で自分の首を絞めるみたいな行為をしてしまったと思うこともあります。でも、時間が経って、それがよかったと言ってくれる人がいるのは、やっぱりすごく嬉しい。今となっては、グラビアは本当にやってよかったです。

吉澤:すごく素敵な話。

吉岡:グラビア撮影用の水着って、本当に冗談じゃないくらい痛いんですよ……! スタイリストさんが素敵だって思った布でつくっていて、ゴムとかが入っていないんです。

吉澤:そうなんだ、完全にフィクションなんだね。

吉岡:市販の水着はちゃんと伸びるし守ってくれるけど、私が着ていたグラビア用の水着は、人に見てもらうための水着だったから、ゴムが入っていないどころか、革紐や伸びない布でできることもあって。皮膚に食い込むくらいぐっと縛るから、次の日も跡が残っているんですよ。食い込ませることでお肉がちょっと盛り上がって、それが色気になるという。

—たんに「服を脱いだ」のではなく、文字通り、身体や人生をかけた物語をつくりあげて提示しているわけですね。

吉岡:だから、週刊誌を見るときに本当に考えてほしいのは、写真に写っている子たちは、一世一代の賭けをしているということ。消耗品になることを前提に脱いでいることも含め、いろんなことを思いながら、そこで笑顔でいるんだよっていうのをわかってほしいなと思います。

 

 

こういうの見ちゃうとあの女優さんは嫌い、好き、とか言えなくなっちゃう。

やっぱり裏での努力とか葛藤とかって表では見えないものだよね。

フレキャンやったときも思ったけど、私はそういうのほかの人にどうしても伝えたくなっちゃうから向いてないのかな~って思った。けど、見せずに裏で頑張ってる人って本当にかっこよくて、多分「修行」か何かだと思ってるのかなぁ。苦痛をその先にある目標に対する気持ちが凌駕しちゃっているから耐えられる、というか。

 

そこまでの覚悟はまだ決まっておりません。アナウンサー、なりたいのかな。むしろ最近は裏での番組作りに携わりたい気持ちがむくむくって感じだ。

 

 

 

 

重要

なんで、メディコムを受けようか迷ってるのか

 

メディアに興味があるから

 

なんでメディアに興味があるのか

 

高3で世界史を勉強しているときにテレビを見ていて学校で習っていることと現実が全然違うこと、世間一般で言われていることとリアルの声が違うこと、そしてそれを知らないから目の前の感情を消費させるようにしか思えない情報に踊らされている人々のことを思ったら憤りがフツフツと出てきた。憤りというのはメディアやそれを放置している社会に対して。その憤りに気づかせてくれるきっかけになったのもメディアだ。私はそのリアルと、メディアの生み出す虚像のようなものにはどうしてこんなにも違いが生まれてしまうのかを知りたい。そして、リアルの姿をもっと色んな層に知ってほしい。メディアの感情を消費させるような実態を変えたい。

 

小学校ときからアナウンサーにあこがれていた。そのときの理由は、今までよくわかってなかったのだけど、よくよく思い出してみると放送委員会での放送を私の好きな男の子に褒められたからだったと思う。私は当時、とても地味で、運動ができなくて、発言が苦手で眼鏡をかけていて、そんな自分に過度なくらい自信がなかった。だから、「溝口の声いいよな~!って○○君がお昼の放送のときにいってたよ」って友達から聞いたとき、ものすごくうれしかった。私でもあの男の子の目(耳?)にとまるんだ、私の声で。って思った。高校のときも大学に入ってからも、「溝口は声がいいよね」って言われた。自分で自分の声は意識できないけど強いて言うなら癖のない声だと思う。それを生かせるなら、アナウンサーも悪くないよなって思った。そんな気持ちだったから、私はメディアに興味があってアナウンサーになりたいわけではなかった。

それなのに、私が将来なりたいな~と思う職業は全部メディアに通じるものだった。編集者。CM制作。映像の編集。TV番組作成。コピーライター。何かを伝える。視覚で訴えるもの。小さいころから絵だけは好きで毎日毎日なにかしら自分の想像物を紙に表していた。表現が好きだった。だからかもしれない。なぜそれになりたいのかはわからないけど心惹かれるのは表現物の作成者だった。

私はそのまま進路を考えるべき高3のときも、早稲田の文化構想学部を志望した。イメージについて専門的に学ぶことができたから。だけど、メディアのことについてなんて何も知らないし、TVだって私はもともとあまり見ないほうだった。だから、これでいいのかなぁ、という疑問は常に抱えながらも勉強はしていた。受験勉強の中でスタディサプリの世界史をみて、「今までなんとなく見ていたニュースが作り出したイメージや教科書を読んだ時のイメージと、実際の姿って全然違う」と感じることがあった。その先生が世界各国を旅して自分で見聞きしたことを授業内で話していたからだ。さらに、ちゃんと世界史を学ぶとなぜ世界が今こうあるのか急に理解できるようになった。日本についても然り。でも、こうしてちゃんと勉強しない限り自分の主観やテレビの流す情報だけで世界を見ることになってしまうんだ、そう思ったら急に恐ろしくなった。きっとそういう人たちが大部分を占める世の中で選挙を行っているという事実にも恐怖を感じた。私だってまだまだ知らないことがたくさんあって、そんな中で生きているんだ、と思うと自分の足元が崩れていくような錯覚を覚えた。

いうなれば、自分の無知に、他の人たちの無知に、そして無知のまま社会を動かしている自分たち、そして無知なのにメディアの情報に振り回される私たちにものすごい危機感のようなものを感じた。どうしたらそんな状況を克服できるのか、自分ひとりがいろんな勉強をしたって全体が変わることにはならないし教育制度を変えるなんて大それたこと、途方もなさ過ぎてできる気がしない。それなら、メディアの状況を変えるしかないじゃないか、と。

メディアなら変えるのが簡単だなんてそんなことを言っているわけではない。ただ、それなら下の世代だけでなく選挙権を大幅に占めている大人にまで影響を及ぼすことができると思ったから。そんなときに、NHKの番組、「NHKスペシャル 資本主義の未来 マネーワールド」という経済の特番を見た。世界史で習ったこととリンクしつつ実態についてわかりやすく爆笑問題の2人を起用して説明している番組。また、「クローズアップ現代 21世紀の資本主義はどこへ ~トマ・ピケティに問う~」も印象深かった。NHKの番組は普通なら敬遠しがちかつ現代社会と深く関わりのあるテーマをとても分かりやすく解説している。映像だからこそなせることのできる業だと思う。感動した。

私はこれらに影響を受けて高3の11月ではあったけど慶應の法学部、早稲田の政治経済学部も受けようと思い立った。結局準備が間に合わなくて進学するのは文学部になってしまったが。後悔はしていないけれどそのまましばらくぼんやりとしたまま大学生活を過ごしていた。持前の好奇心旺盛な部分が私をいろんなところに連れて行った。フットワークが軽いといわれるのは単に好奇心のせい。とにかく自分の知らないことを知りたい。勉強じゃなくてもなんでも。けど、一つのことにうちこんでいる友達を見ているとすごくうらやましかったし私はいろんなことに首を突っ込むわりに夢中になれることがなくて悲しかった。唯一面白いと思える近代思想史の授業も、好きなのは思想史ではなくて先生の現代政治に関する雑談だった。彼のプロフィールを調べたら慶應の法政卒で、余計悲しくなった。自分で勉強すればいいのだろうけど何から手を出せばいいのかもよくわからなくて足止めをくらっているような気分だった。

 

丸山さんに出会ったのはそんなときだった。あこがれのNHKの、しかも欲望の資本主義のエグゼクティブプロデューサー。そしてお話の中にでてきた「今の日本はメディアに感情を消費されている」「もっと私たちは皆さんが考えるための材料を提示してそれをもとにみんなで考えるような番組を作るべきだ」「受け身で情報に向き合うのではなく、対話が大事だ」・・・・などなど。私が高3のときに感じたことと同じだ!!!って。感動した。そのときちょうどメディコムを受けるべきか迷っていたところだったから余計ビビッときた。以上思考の整理。